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大阪地方裁判所 昭和31年(行)7号 判決 1958年7月31日

原告 大昭興業株式会社

被告 大阪国税局長

主文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、当事者双方の申立

原告訴訟代理人は、被告が原告に対して昭和三〇年一一月五日附でなした法人税法第三五条による請求棄却の審査決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

二、原告の主張

(一)  原告は、不動産業、金融保証業、損害保険代理店業等を営むことを目的とする資本金八五〇万円の株式会社であつて、その事業年度は毎年一一月一日にはじまり、翌年一〇月三一日に終るものである。

(二)  原告は、従来から新聞事業を営む徳島市所在訴外株式会社徳島民報社の総株式一〇万株中二万四千株を所有していたところ、右訴外会社は、昭和二六年上期に一五段制に改造する必要から原告に融資を頼んで来たので、原告はこれに応じて融資をはじめ、昭和二八年一月現在で、貸金額は金一、四〇〇万円に達した。しかして右訴外会社は営業方針のあやまりから、昭和二十七年九月決算で金一、一〇〇万円の赤字がかさなり、法律上破産状態におちいつたのであるが、しかし新聞業界は従来は共販売制で、右訴外会社のような新規事業者には不利であつたのに、昭和二七年末期からは全国的に専売店制による自由販売が実施せられ、右訴外会社にとつて有利な客観状勢が見えはじめた。

(三)  そこで右訴外会社は、破産を防止するため、大口債権者である原告に対し、右債権の放棄を要請して来たので、原告は右のような新聞業界の新状勢及び自己の投融資の安全対策等につき検討し、この際はむしろ一部の債権を放棄して将来をはかる方が有利であると考え、昭和二八年三月九日の取締役会において、昭和二七年一〇月末現在の右訴外会社に対する貸金残高である金九、〇八一、〇八〇円の切捨に同意した。

(四)  よつて原告の第一五期(昭和二七年一一月一日から昭和二八年一〇月三一日まで)事業年度の損益計算は、支出の部として金一四、〇七八、一二五円五〇銭(うち貸倒費金九、〇〇四、〇八〇円、これは右切捨てた金九、〇八一、〇八〇円から貸倒準備金金七七、〇〇〇円を差し引いたもの)、収入の部として金一四、〇七八、一二五円五〇銭(うち当期純損失金金五二七、九九三円八八銭)となつたので、右の通り申告したところ、西税務署長は、これに対し、右訴外会社に対する貸金金九、〇八一、〇八〇円の切捨を贈与であるとしてその額の損失を否認し、昭和二九年九月二〇日附をもつて、原告の右第一五事業年度の所得金額を金三、八二九、八〇〇円とし、これに対する法人税等の金額を金一、五八二、六三〇円とする更正決定をしたので、原告は、これにつき被告に対し審査の請求をしたところ、被告は、昭和三〇年一一月五日附をもつて、原告の審査請求を棄却する決定をした。

(五)  しかしながら原告の同期損失は、右訴外会社が現実に破産状態におちいり、とうてい回収し得ない債権を放棄したため生じた損失であつて、これを贈与と解して原告の利益に算入したのを是認した右決定は、法人税法の解釈をあやまつたものであつて、違法であるから、これが取消を求める。

三、被告の答弁及び主張、

原告主張のうち、(一)及び(四)はその通り、(二)及び(三)は知らない、(五)は争う。

原告は第一五期事業年度の中間申告分法人税所得額を、欠損金五、四二一、一〇五円と申告したので、これにつき大阪国税局調査査察部の国税調査官上田金之助が実地調査したところ、原告の右訴外会社に対する貸付金金一、四〇〇万円のうち、金九、〇八一、〇八〇円を、昭和二八年三月三一日附をもつて、債権放棄の理由を附して全額損金としていること、及び当時右訴外会社に対し債権を放棄した債権者は原告だけであることが判明した。けれども右調査当時の右訴外会社の営業状態並びに原告の右訴外会社に対する取引状態から考え、右貸付金が回収不能の状態にあるから放棄したものであるとは認められなかつた。すなわち当時右訴外会社は、なるほど債務超過の状態にあり、従つて法律上は破産原因があつたということはできるけれども、当時支払を停止したことはなく、銀行からの融資もその後も引続いており、事業経営能力も支払能力もあり、その上に原告主張のように、新聞事業経営に有利な客観状勢が見えはじめていたのであるから、原告の右貸付金が回収不能であるとはいえないのである。金融業者である原告が右のような多額の債権を、何等回収の手段を講ずることなく放棄するなどということは、とうていあり得ないことであつて、これは表面は回収不能による債権放棄の形式をよそおつているが、実質は単純な債務免除であり、原告の行為は、原告と右訴外会社の人的構成の特殊事情から見て、恩恵的行為と判断せざるを得ないのであり、贈与的行為として寄附金の取扱をすべきものである。なぜなら法人税法上債権を回収不能として損金に計上できるのは、債務者に支払能力がなく、また強制執行をしても、その費用すらつぐなうことのできないと認められる場合だけであるからである。

以上の理由により、原告の所得金額計算に当つては、原告が損金であるとして経理した右金額に対し、法人税法第九条第三項及び同法施行規則第七条の規定を適用し、損金として算入できない金額は金九、〇二五、三三六円となり、原告の同期事業年度の課税所得金額は、右損金として算入できない金額と、減価償却費計算誤びゆう額金二六四、九八二円の合計額から、原告の計算した欠損金額及び同期発生利子税の引当金額金三九、三二五円の合計額を差し引いた金三、八二九、八八八円となり、西税務署長は昭和二九年九月二〇日附をもつて右中間申告にかかる法人税所得金額を、金三、八二九、八〇〇円と更正したのである。これに対し原告が、審査の請求をしたので、大阪国税局協議団本部の玉木東洋一外二名の協議官が、原告の不服事由を逐一検討したが、原告の請求をいれるに足る事由がなかつたので、審査請求を棄却する。との協議決定をし、これに基き、被告が請求棄却の審査決定をしたのであり、違法な点はない。

四、被告の答弁及び主張に対する原告の反論。

(1)  原告と右訴外会社との人的構成が被告主張の通りであるとしても、原告の行為が回収不能による債権放棄か贈与かを決定するのに直接の影響はない。

(2)  当時原告の右貸付金債権は、原告が右訴外会社に訴外野々瀬又吉を派遣して経理を監査させていたのであり、また下地公認会計士が厳密な調査をした結果、回収不能と判断したのであり、現に右訴外会社は僅か二年後に解散してしまつた事実によつても、そのことが明らかである。回収可能な債権を放棄するようなことは常識上考えられず、また許されないところである。

(3)  原告は、右貸付金を回収すべく右訴外会社に対し、再三厳重な請求をしていたのであるが、法的手段をとることは有害無益であり、かつ右訴外会社は直ちに破産し、原告はより以上の損失を受けると信じたので、訴訟その他の法的手段をとらなかつただけであり、従つて原告が法的手段をとらなかつたことを非難するのは、無理をしいるも甚だしいものである。

(4)  原告は、右訴外会社に対する貸付金全額を放棄したものではなく、その一部を放棄したものである。これはそのことにより右訴外会社を更生させ、残部が回収できると信じたからである。

五、(証拠省略)

理由

原告が不動産業、金融保証業、損害保険代理店業等を営むことを目的とする資本金八五〇万円の株式会社であり、その事業年度が毎年一一月一日にはじまり翌年一〇月三一日に終るものであること、及び原告がその第一五期(昭和二七年一一月一日から昭和二八年一〇月三一日まで)事業年度中、昭和二八年三月において原告の訴外株式会社徳島民報社に対する貸付金金一、四〇〇万円中金九、〇八一、〇八〇円の債権を放棄し、その年度の損益計算として、支出の部は金一四、〇七八、一二五円五〇銭(このうち右放棄した金九、〇八一、〇八〇円から貸倒準備金金七七、〇〇〇円を差し引いた金九、〇〇四、〇八〇円が貸倒費)、収入の部は金一四、〇七八、一二五円五〇銭(このうち金五二七、九九三円八八銭が当期純損失)として西税務署長に申告したところ、同署長は、右金九、〇八一、〇八〇円の債権放棄を贈与であるとして、その額の損失であることを否認し、昭和二九年九月二〇日附をもつて原告の右第一五期事業年度の所得金額を金三、八二九、八〇〇円とし、これに対する法人税等の金額を金一、五八二、六三〇円とする更正決定をしたので、原告はこれにつき被告に対し審査の請求をしたところ、被告は、昭和三〇年一一月五日附をもつて、原告の審査請求を棄却する決定をしたことについては、当事者間に争がない。

原告は、原告が右債権を放棄したのは、右訴外会社が現実に破産状態にあり、とうてい回収し得ないものであつたからであり、これを贈与と解して原告の利益に算入した西税務署長の更正決定を是認した被告の前記審査決定は、法人税法の解釈をあやまつたものであつて、違法である、と抗争する。

思うに、法人税は、法人のその事業年度における総益金から総損金を控除した所得について課せられるものであり、総損金とは法令に別段の定のある場合を除き、資本の払戻または利益の処分以外において純資産減少の原因となるべき一切の事実をいうものであるところ、法人が何らかの理由で債権の全部又は一部を放棄した場合において、そのすべての場合に、その放棄した債権の部分を法人税法上損金として算入することを許されるとするならば、法人は国庫の損失において自由に自己の利益を処分して、それに対する税を免れ得る結果となり、このようなことは法人税法上とうてい認容できないところであり、右債権が回収不能である場合即ち債権が無価値に帰した場合にのみその債権の抛棄を損金として算入し得るものと解すべく、債権が回収不能であるかどうかは、単に債務高が債務超過の状態にあるかどうかによつて決すべきものではなく、たとえ債務超過の状態にあるとしてもなお支払能力があるかどうかによつて決定すべきものであり、法人である債務者において、債務超過の状態が相当の期間継続し他から融資を受ける見込もなくとうてい再起の見通しがなく、事業を閉鎖あるいは廃止して休業するに至つたとか、会社整理破産、和議強制執行、会社更生などの手続を採つてみたが債権の支払を受け得られなかつたなど、債権の回収ができないことが客観的に確認できる場合であつてはじめて回収不能と判定すべきである。右のような実情でない場合に法人が任意に債権を放棄したとしても、それは損金として取扱うべきでないというべきである。

よつて成立に争のない乙第四号ないし第一三号各証、証人岩佐才吉の証言によつて真正に成立したことの認められる甲第四号証及び証人岩佐才吉、同野々瀬又吉、同下地玄信、同木下明夫の各証言、並びに弁論の全趣旨を綜合すると、

(1)  原告と右訴外会社とは特殊密接な関係にあり、原告が右訴外会社に対し監督及び援助をしていたこと、

(2)  右訴外会社に対する原告以外の債権者が債権を放棄していないこと、

(3)  右債権放棄当時、右訴外会社は債務超過の状態にあつたけれども、なお借入金を返済していたこと。

(4)  原告は前記債権放棄後においてもなお右訴外会社に対し資金の貸付をしていたこと、

(5)  新聞業界は従来共販売制で右訴外会社にとつて不利であつたのに右債権放棄当時には全国的に専売店制による自由販売が実施せられ、右訴外会社にとつて有利な客観状勢が見えはじめており、新に一五段制を採用すれば、その上に広告収入もふえ、購読者も増加の見込であつたこと、

(6)  原告としては右債権につきなんら回収の手段を購じていないこと、

(7)  右債権放棄の主たる理由が、原告みずからの投融資の安全をはかり、また右訴外会社が競争紙である徳島新聞に身売りするについて貸借対照表面がきたないと高く売れないから、債権を放棄して貸借対照表面をきれいにしておき、しかる後時期を見て高く売りつけようというにあつたこと、

を認めることができる。右認定を左右するに足る証拠はない。右認定事実から見れば、なるほど原告と右訴外会社との間に特殊密接な関係があること、あるいは回収手段をとらなかつたことだけでは、債権放棄を回収不能によるものではないと見るわけにはいかないけれども、また僅か二年の後に右訴外会社が解散した事実(この事実は被告において明らかに争わないところである)があり、また放棄した債権が全額ではないけれども、だからといつてそのために右債権放棄が回収不能によるものとすることはできず、むしろ回収可能であるけれども、右訴外会社の利益のために任意に右債権を放棄したものと見るべきであり、原告の提出援用した全証拠を検討しても、回収不能であるために右債権を放棄したものであると確認するに足る反証を発見し得ないところである。

そうすると、右放棄した債権額を損金に算入することは許されないところであり、被告が、右債権放棄を寄附金と解して法人税法第九条第三項同法施行規則第七条の規定を適用した西税務署長の更正決定を是認し、原告の審査請求を棄却したことについては、なんらの違法がない。しかしてこの場合において原告の所得金額及び法人税額が被告主張のように計算されることについては、原告において争わないところであるから、結局被告の右決定は正当である。

よつて原告の請求は理由がないからこれを棄却し、民訴第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 入江菊之助 山口幾次郎 村上博巳)

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